聴衆という名の自転車

聴衆という名の自転車


私の自転車はへんな名前で
メタリックピンク
サドルは硬くて
オモチャみたいにハンドルが軽い

自転車を買う時
ほんとうは街を走る
おしゃれな人
(好きな本や映画や音楽やコーヒーや小旅行や服の話なら幾らでもしてくれそうな)
そういう感じの人たちがよく乗っている
そういう自転車がほしかった

私は全然そうじゃなくて
でもそういう風になりたかったから

こっくりしたポタージュ色の
小さなロバみたいな自転車

そういうのが欲しいと
何度も言ったけど
そしてそれはそんなに
値の張るものではなかったけれど

「そういうのはカゴが小さくて
あまり実用的じゃないよ」と
結局
全然ロバじゃない所帯じみたやつを
ホームセンターで買ってもらった

家に連れ帰ったその自転車は
亜熱帯の葉をめくるとそこにいる
怠惰で傲慢な甲虫みたいな
メタリックピンク色をしていて
(こんな色 全然好きじゃない)

車体には
Audience
と書いてある

Audienceの意味↓

聴衆、観客、観衆、視聴者
読者、信奉者、支持者、ファン
引見、謁見、拝謁、意見
述べる[聞いてもらう]機会

どの意味をとっても
自転車の車体に書くような
単語ではないような気がして

これをつくった人は
本当にどんな感性をしてるんだろうと

昨日
久しぶりに「聴衆」に乗り
街を走りながら考えた

そしたらきっと
これをつくった
どこか近くて遠い国の人は
自転車に書く言葉をきめる時
人を惹きつけよく売れるようにと
机に座り
英語辞典を手繰り寄せ
人差し指と親指をなめページを繰り
A のところからみていって
かっこいい響きの言葉をさがし
Au のところで
その指はとまり
意味なんかじゃなく
ただ かっこいい という光だけで
Audience
という言葉を
選んだのかもしれないと思った

だとしたらそれはきっと
少しだけ意味のあることで

私は「聴衆」という名のついた
鈍にぎらりとひかる性欲のような色の
ぺらぺらしたこの自転車が
少し好きになった

聴衆という名の自転車に乗って
図書館へ行き
詩集をたくさん抱えて戻り
カゴに放り込んで
家まで帰る
その道
タイヤに残った空気は少なく
カゴの中では言葉たちが
けたけたと愉快そうに揺れていた









2018年4月21日
生活の詩より