街でいちばんのブス

街でいちばんのブス
荒木田慧の詩集 「小説」より
「お前は街でいちばんの美人だったツツミシタのイトさんにそっくりだ。」

裏に住む祖母がそう常々私に言い聞かせていたので私は、自分はきっととびきりの、この街いちばんの美人なのだと思うようになった。

小学生だった私は「ツツミシタ」という街がどこにあって、どのくらい大きな街なのかを知らなかったし、「イトさん」というその人が、私の血縁の何にあたる人なのかも知らなかった。

縁側を上がってすぐの仏壇にある私の曽祖母、祖母の母にあたる人の遺影は、人のよさそうな優しい笑顔ではあったが、決して美人とはいえないと幼心に思っていた。その娘である私の祖母も、背丈ばかりがやたらと大きく、骨が太く、四角い顔をしていて、とても美人とはいえなかった。

とすると私の「美人」は、一体どこからきたのだろう?

祖母には6人の子供がいて、女が1人と男が5人だった。5人の男の中でとびきり、街でもいちばんの美少年で、神経ばかりが尖っている壊れやすい人形のような子供、曽祖母が「これは将来ろくなもんにならない」とぼやいたという、その男の子が私の父だ。

曽祖母は私の生まれるとっくの前に死んだが彼女の予言は大当たり、私の父はただただ美しいだけの、ろくなもんじゃない男になった。ろくなもんじゃない女と街の場末のボーリング場で出会って(父がアルバイト、女は客で逆ナン)、それが私の母なのだが、それでやっぱりろくなもんじゃない、この私が生まれた。いわばろくなもんじゃないサラブレッド、血統証付きのろくでなしが私だ。

父は暇さえあれば手鏡で自分の顔をたしかめ、そのあと必ず私を呼び寄せて、「お父の種」と涙声で歌いながら抱きしめた。私は父が私自身ではなく、私のなかにある父自身を愛しているのだと理解して、なんだか彼がかわいそうに思い、同じくらい強く父を抱き返した。

私は生まれてから割とすぐに、私の父も母もろくなもんじゃないと気づいた。祖母がそう言っていたからだ。私は祖母から溺愛されていたので、ただただ祖母の言うことを信じようとした。祖母は退屈な人間で、口は乾いていやな匂いがしたし、台所の鍋は不潔で気味が悪かった。

私は祖母のことが嫌いだったが、私は私を愛してくれる人を愛していたので、祖母を心から愛していた。だから私がその人にそっくりだと祖母のいう「ツツミシタいちばんの美人」、イトさんのことも同様に信じた。

おお、ツツミシタのイトさん。きっとどこかそう遠くない血縁のはるか昔に死んだ女で、街を行けば皆が振り返るくらい、とびきり上等の美人だったに違いない。


小学校に上がり、私は鼻が高かった。なんせ私は街いちばんの美人だったから。クラスメイトはみんな鼻たらし、知能の足りないブスばかりで、まるでお話にならないと思った。でも子供らしくて可愛いともちょっと思っていた。

私は家族が嫌いだった。ろくでなしの父も母も、口の臭い祖母も、子供っぽくて話の通じない姉も弟も。唯一私が心をゆるせたのは、裏の祖母と一緒に住む醜い叔父さんで、彼は生徒の家に赴く家庭教師の仕事をしていたが、大抵は自分の部屋にいつも引っ込んでいたため、小学校から帰った私のいちばんの遊び相手だった。

「ほらヒカリちゃん、ドーナツの穴を見てごらん。穴はそこにあるか、ないか?」

叔父がときたま仕事で留守にしていると、私はいつもぼやいたものだ。「あー、つまんない。」母が土木工事会社の事務所から帰ってくるまで私を預かっていた祖母は、「お前はどうしたらつまるんだい。」小さな庭にしゃがみ込み、土をほじくり返す私を縁側から眺めおろし、呆れたような声で腰に手を当てて嘆くのだった。「蟻なんかに餌やんじゃないよ、増えんだから。」母がとってくれていた学研の科学雑誌の付録で蟻を集めようとしている私を、祖母はそう咎めた。

祖母は気の強いブスで、母は正直な女だがやはりとんでもないブスだった。ひたすら美しいだけの父と、醜く優しい叔父と、街でいちばんの美人である私。彼らの私へのしたたかで激しい愛と、想像上の美の女神・イトさんだけが頼りだった。

そうこうしているうちに私の腕と脚は伸び、頭は縮み、服も靴も窮屈になった。小学5年生のときだったか。図画工作の時間に、私は隣の席の女の子を絵に描いた。家へ帰ってそれを祖母に見せると、祖母は素っ頓狂な声を上げ、「あれまあ、お前の組にはこんな美人がいるのかい!」と目を丸くした。

「お前は絵がうまい」という言葉だけを期待していた私はギョッとし、雷に打たれたように体の芯が冷え、しばらく祖母の手の中の画用紙から目が離せなかった。

私が絵に描いた、隣の席の美しい女の子。確かに彼女は美しかったが、私は私が街でいちばんの美人だと知っていたので、小さなクラスのなかで目立つだけの彼女のささやかな美しさを、それまで恐れも妬みもしたことがなかった。彼女はよい友人だったはずだが、その翌日から私は、彼女とあまり口をきくことがなくなった。


中学校に上がると、大きな町の2つの小学校を出た生徒たちと机を並べるようになった。彼女たちのなかにもやはり美人はいたが、それでも私は自分が街でいちばんの美人だとかたく信じていたので、思春期特有の彼女たちの瞬間きらめくような眩い美しさにさえ、憧れることがなかった。

私はクラスメイトに「美しい」と指されたことがなかった。祖母は私を「美しい」といつも褒めたし、祖母以外の大人にも同じように褒められることが時々はあった。しかし私をそう褒める他の大人たちは、私の両親から特定の何がしかを暗に奪おうとしているように見えた。両親が彼らの言葉に気をよくしてホイホイ扉を開けるので、見ていて私はとてもヒヤヒヤした。それがいわゆる「お世辞」というものだと知ったのは、随分後の話だ。


いつのまにか腕も脚も伸びきり、頭は縮みきり、服や靴が窮屈だったこと、そんなふうに感じたことさえも忘れてしまった。

私は大人で、ブスだった。

「一体どこで間違えたのか?」

街でいちばんの美人だった私は、眠れない夜(それはほとんど毎夜だったが)につめたく湿った布団の上で寝返りを打つ度、自分に繰り返し問い質さずにはいられなかった。

間違えたのは祖母の方ではなかったか?そう思ったのは、祖母の葬式でだった。祖母が死んだとき、私は祖母が死んだことよりも、イトさんについて何も聞けなかったことの方を悔やんだ。だから私は黒に身を包んだろくに知らない老年の男女たちを片っ端から掴まえ、詰め寄っては訊いたのだった。

「イトさんという女の人をご存知ですか?彼女は街でいちばんの美人だったでしょうか?」

すると彼らは一様にうなだれ、首を振ってこう答えたのだった。「そんな人はとうに死んだ、そんな人は知らない。」

イトさんはどこから来て、その美しさによって何を得、何を失い、どこへ行ったのか?もはや確かめる術はなかった。唯一わかるのは「ツツミシタ」という地名だった。

いったいツツミシタという地域は、この街のどこにあるのか?このことに今の今まで思い至らなかった自分は、ブスなだけではなくバカでもあるのだと私は思った。果たしてツツミシタはバカみたいに簡単に見つかったからだ。iPhoneでGoogleマップのアプリを開き、検索窓に「ツツミシタ」と打ち込むだけでよかった。

ツツミシタは堤下で、それはこの街の大きな市営公園の隣の一区画だった。第二市民体育館とモスバーガーとカラオケボックスをそのなかに含む堤下町は、死んだ祖母の家からそう遠くない。

葬式のあとの薄墨、私は祖母の家へと急ぎ、玄関で塩をまくのももどかしく黒い上下を脱ぎ捨て、奥へ行ってTシャツとジーパンに着替え、縁側から祖母のサンダルを突っかけて、堤下町へと飛び出した。市営公園の上では、この街のどこからでも見える大きな観覧車がゆっくりと廻っている。私はただひたすらにそこを目指して歩けばよかった。

太陽は気を失いそうに血圧を下げながらじりじりと確実に沈み、街は赤と紫でしずかにコトコトと煮え沸き、道はまるで風呂上がりのようなさっぱりとした金に輝いていた。遠くの街路樹の梢枝でセミがジーンと低くひと鳴きし、私はそのとき、これがこの街この夏でいちばん最後を生きているセミだとなぜか確信をもって言えた。

堤下は小さな町だった。モスとカラオケと体育館をたどって歩けば、それで終わりの町だった。

この堤下に女が一体何人いるというのだろう?この小さなみすぼらしい町に、女が一体何人いたというのだろう?「ツツミシタいちばんの美人」だったイトさんは、たいして美人ではなかったのだ。街を歩けば誰もが振り返るような、そういう美人ではなかったのだ。

祖母は正しかったのだと私は思った。私は堤下いちばんの美人だったイトさんに間違いなくそっくりで、堤下は狭く小さく、イトさんはたいして美人ではなく、ブスの多い我々一族のなかでは大層目立ったかもしれないが、街へと出ればむしろブスで、それどころか街でいちばんのブスだったかもしれない。

太陽は既に情け容赦なく沈んでいた。夜の青がアスファルトまで静かに落ち、街灯の少ない堤下の舗道では、市営公園の上の観覧車だけが光っていた。誰も乗せていない空っぽのゴンドラの電灯が、チカチカと絶え間ない交信を互いに繰り返しながら、ゆっくり前へ前へと空を廻り続けていた。街でいちばんのブスはそれを見て泣いた。死んだ祖母のサンダルの上に落ちた涙は、ゴンドラが地上に着く前に乾いた。

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