自殺未遂と女性自身(5)

自殺未遂と女性自身(5)
荒木田慧の詩集 エッセイより
(つづき)


「あなたたちをつくったのが
あなたたちではないように
あなたたちの心臓を止めるのも
あなたたちではないのです」


自然にうまれ
今ここに生きていることの
堪え難い不自然に

ただひたすら
眠りたいと思った
閉じていたいと思った

水みたいにごく自然な衝動が
あのとき
私の身体をすみずみまで満たした

飛び降りる勇気も
吊るつもりも
ないくせに
薬なんか
生半可な量じゃ
終われないと
きっとわかっていて

馬鹿な女


救急車で運ばれたとき私は
アニエス・ベーの
薄いグレーのTシャツを着ていた

胸のところに
モノクロの写真のついた
気に入りのTシャツだった

後ろ姿の女

風かジャンプか何かで
長い黒髪が乱れて
どことなく
気味の悪い写真だったように思う

Tシャツの首のうしろ
背中の上の方に

1983

と入っていて
それは私が生まれた年とちょうど同じだった

気に入りのTシャツ

私はそれをだめにしてしまった

薬と酒で
失神して
失禁して
私の糞尿まみれになった
そのTシャツ含む衣類を
病院は律儀にビニール袋に入れて
夫に返却してくれたのだが
夫は
申し訳ないけど、と
受け取ったそれをそのまま
病院のゴミ箱に
捨てたのだと言って笑った

1983年生まれの私の一部は
あのときすこしだけ
死んだのかもしれない

1983年に撮られた
顔の見えない
Tシャツの女と一緒に

馬鹿な女
馬鹿な女

糞尿にまみれて燃やされた
顔のない女をよそに
私の大部分は
しぶとくなお生きていて
不自然に心臓は打ち
血は流れ続け
死にたいという衝動は
ときどき水のように湧いて
なみなみと私を満たし

押し寄せる高波は
ドアノブやストッキング
タンスの取っ手に結んだタオルや
納屋でとぐろを巻く電気コード
異母妹の寝起きする二階のベランダを
私に呪わせる

馬鹿な女
馬鹿な女
馬鹿な女

次サイレンの鳴る夜は
眠らず閉じないコンビニまで逃げよう

埃をかぶった
子供騙しのゴムなわとびなんか
わざわざ探して買わないで

入ってすぐの雑誌コーナーで
女性自身を立ち読みしよう

流行りの作家の新刊や
ポジティブ思考の自己啓発本や
美しいものを並べたファッション雑誌じゃ
なくて

棚のいちばん手前
テラテラといやらしく嗤う
ピンク色の表紙を手に取って

あることないこと
誰かが書いた
経血みたいに
生臭い文章を読もう

暴露され、非難され、馬鹿にされ、こき下ろされる誰かと
暴露し、非難し、馬鹿にし、こき下ろす誰かの

迷うことのない目的と
あかるい役割分担を
指でなぞってたしかめて

ときどき活字から目を上げ
通りに面したガラス窓から

ここに生きている人を見よう


そうすればきっと
この不自然だらけの海で
すこしだけ私は

息が

(止めても
止まらないから
せめてすこし楽に)

しやすくなるでしょう





(おわり)









2019年1月15日

他のエッセイ