自殺未遂と女性自身(2)

荒木田慧の詩集 「エッセイ」より
(つづき)
20歳の頃、コンビニエンスストアでアルバイトをしていた。
人工的な光をあつめた店内。
プラスチックみたいに味のしないBGM。
駐車場に面したガラス際の棚には、
店を24時間出入りする
あらゆるタイプの客のために
さまざまな雑誌が行儀よく並んで
手に取ってもらおう、買ってもらおうと
それぞれのターゲットに向けて
気取ったり説明したり暴れたり、
精一杯の愛想を振りまいていた。
その中で
ピンクの表紙の女性週刊誌は、
どろりとした経血のような生臭さを放っていた。
「新人アイドル○○愕然!先輩▲▲が共演拒否」
「■■●●不倫発覚から15年、30歳歳下愛人”結婚しなくても、彼を一生…”」
「女優●●(45)新婚夫■■(39)との赤ちゃんを!45歳の妊活治療 産婦人科通いを目撃撮」
それは巻頭に袋とじの付いた男性週刊誌とは、
また別の種類のいやらしさだった。
下世話で低俗で悪趣味な、女の雑誌。
こういうものは
一体どんな女が、
何のために読むのだろう。
20歳の頃の私は、
有名人のゴシップを金を払ってまで読みたいと思うことはなかった。
テレビのワイドショーは嫌いではなかったけれど、テレビと雑誌は明らかに違う。
文章を買って読むというのは、相当に能動的な行為だ。
見出しから聞こえてくる、厚かましくて独善的で、底意地の悪いヒソヒソ声。
私は女のもつ声の、粘度の高いその響きが嫌いだった。
中年女性向けの雑誌だとは知っていたが、女のそういった声は、ごく幼い頃から聞いてきた気がした。
(ねえ、あんなに早歩きして、あの子、私たちがM君にスカートめくりされればいいと思ってるんだよ)
女というものをぐつぐつ煮詰めて、みずみずしかった優しさなど飛んでしまって、いやらしい部分だけがぼってりと残った、女のジャムみたいな雑誌。
きっとこういうものを読むのは、
雑誌と同じ、
下世話で低俗で悪趣味な女なんだろうな。
煮詰まった、ジャムみたいな中年女。
ピンクの表紙が眼に映る度、
軽蔑と嫌悪の感情が膨らんだ。
救急搬送された大学病院のベッドの上で、32歳の私はそれを読んだ。
くたびれて
煮詰まりすぎて
ドロドロをとっくに通り過ぎ
ぱさぱさに乾燥した
顔色の悪い30女だった。
死のうとして死ねなかった、馬鹿な女。
女性自身だったか週刊女性だったか、
姉が売店で買ってきた
いちばんあたらしい女性週刊誌。
糊のきいたシーツの白、
つるつるした表紙のピンク。
おどる下品な見出しを
薬のまだ抜けきらない虚ろな目で追う。
ページをめくる、かさかさの指。
その年のワイドショーや週刊誌は、人気ハーフタレントと売れっ子ミュージシャンの不倫の話題でもちきりだった。
暴露され、非難され、馬鹿にされ、こき下ろされるための彼ら。
暴露し、非難し、馬鹿にし、こき下ろすための文章。
目的も
役割分担も
明瞭に
下世話で
低俗で
悪趣味で
間違いなく
ドロドロに
生きていた。
流行りの作家の新刊や
ポジティブ思考の自己啓発本や
美しいものを並べたファッション雑誌じゃ
だめなのだった。
死ねずに目覚めた女が
自分のしたことを自分にごまかすには
いやらしく生臭い
人間の匂いのする
女性週刊誌でなくちゃいけなかった。
(つづく)
2018年10月2日
20歳の頃、コンビニエンスストアでアルバイトをしていた。
人工的な光をあつめた店内。
プラスチックみたいに味のしないBGM。
駐車場に面したガラス際の棚には、
店を24時間出入りする
あらゆるタイプの客のために
さまざまな雑誌が行儀よく並んで
手に取ってもらおう、買ってもらおうと
それぞれのターゲットに向けて
気取ったり説明したり暴れたり、
精一杯の愛想を振りまいていた。
その中で
ピンクの表紙の女性週刊誌は、
どろりとした経血のような生臭さを放っていた。
「新人アイドル○○愕然!先輩▲▲が共演拒否」
「■■●●不倫発覚から15年、30歳歳下愛人”結婚しなくても、彼を一生…”」
「女優●●(45)新婚夫■■(39)との赤ちゃんを!45歳の妊活治療 産婦人科通いを目撃撮」
それは巻頭に袋とじの付いた男性週刊誌とは、
また別の種類のいやらしさだった。
下世話で低俗で悪趣味な、女の雑誌。
こういうものは
一体どんな女が、
何のために読むのだろう。
20歳の頃の私は、
有名人のゴシップを金を払ってまで読みたいと思うことはなかった。
テレビのワイドショーは嫌いではなかったけれど、テレビと雑誌は明らかに違う。
文章を買って読むというのは、相当に能動的な行為だ。
見出しから聞こえてくる、厚かましくて独善的で、底意地の悪いヒソヒソ声。
私は女のもつ声の、粘度の高いその響きが嫌いだった。
中年女性向けの雑誌だとは知っていたが、女のそういった声は、ごく幼い頃から聞いてきた気がした。
(ねえ、あんなに早歩きして、あの子、私たちがM君にスカートめくりされればいいと思ってるんだよ)
女というものをぐつぐつ煮詰めて、みずみずしかった優しさなど飛んでしまって、いやらしい部分だけがぼってりと残った、女のジャムみたいな雑誌。
きっとこういうものを読むのは、
雑誌と同じ、
下世話で低俗で悪趣味な女なんだろうな。
煮詰まった、ジャムみたいな中年女。
ピンクの表紙が眼に映る度、
軽蔑と嫌悪の感情が膨らんだ。
救急搬送された大学病院のベッドの上で、32歳の私はそれを読んだ。
くたびれて
煮詰まりすぎて
ドロドロをとっくに通り過ぎ
ぱさぱさに乾燥した
顔色の悪い30女だった。
死のうとして死ねなかった、馬鹿な女。
女性自身だったか週刊女性だったか、
姉が売店で買ってきた
いちばんあたらしい女性週刊誌。
糊のきいたシーツの白、
つるつるした表紙のピンク。
おどる下品な見出しを
薬のまだ抜けきらない虚ろな目で追う。
ページをめくる、かさかさの指。
その年のワイドショーや週刊誌は、人気ハーフタレントと売れっ子ミュージシャンの不倫の話題でもちきりだった。
暴露され、非難され、馬鹿にされ、こき下ろされるための彼ら。
暴露し、非難し、馬鹿にし、こき下ろすための文章。
目的も
役割分担も
明瞭に
下世話で
低俗で
悪趣味で
間違いなく
ドロドロに
生きていた。
流行りの作家の新刊や
ポジティブ思考の自己啓発本や
美しいものを並べたファッション雑誌じゃ
だめなのだった。
死ねずに目覚めた女が
自分のしたことを自分にごまかすには
いやらしく生臭い
人間の匂いのする
女性週刊誌でなくちゃいけなかった。
(つづく)
2018年10月2日
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