ミッドナイト・フォンコール

ミッドナイト・フォンコール
荒木田慧の詩集 恋愛の詩より
約2ヶ月ぶりの
深夜の通話

あなたの
“Hi” みたいに軽い「はい」や
サ行かタ行の
ちょっとした甘さや
乾いた笑い方

そのぜんぶが
どれほど恋しかったか
それは涙がでるほどで

あなたとのこれは
残り度数のわからない
テレフォンカードで
公衆電話から
話しているときみたいだと
私は言った

私の好きな
女の人の書いた詩で
そんなようなのが
あったなと

声が聞きたいと
話せば話すほど
私があなたに
立ち入れば立ち入るほど
カードの残り度数は
激しく
減っていくのだと
でも
そうせずには
いられないのだと

遅かれ早かれ
終わることはわかっていて
それならいっそ
始まらなければよかった

(他に好きな人ができたら
僕は容量がすくないから
あなたとのことは
忘れると思います)

(いまは女っ気がないけれど
僕はもてるから
街に出たらきっと
向こうから寄ってくるでしょうね)

そんなことになったら
あなたの大きらいな
ゴキブリ
うちに沢山いるやつ
つかまえて
箱にぎゅうぎゅう
詰めて送りますね

(今ので確実に
テレカの残り度数
減りましたね)

ふん
私のは偽造テレカだから
残り度数なんて
本当は無いのです

(ああ
そっちには
イラン人
多そうですもんね)

残念
多いのは
ブラジル人と
フィリピン人です
イラン人はあまり見ません

私がこの2ヶ月のあいだ
どれだけあなたを思ったか

あなたの送ってくれた
ワンピースや
巻き煙草や
防犯ブザーや
ハッカのスプレーが
どれだけあなたを
思い出させたか

(完全に物に釣られてるじゃないですか)

昨日の夜
マクドナルドで
書き物
しようとして
ろくに書けなくて
外に出たら
秋で

すこし肌寒いなって
私が思うこのとき
遠くの街の
会ったこともないあなたが
私と同じように
寒い思い
してないといいな、
とか
思って

イヤホンを耳に入れたら
ニーナ・シモンが切ない声で

“He needs me...”

なんて
歌い始めて

He needs me...
He doesn’t know it...
But he needs me...

もう
わたしは
だめでした

あなたが私を必要としていないこと
よくわかっていて
それでも私は
あなたが私を必要としていると
信じることを
必要としている!

(必要とか必要じゃないとか
みんなよく言うけど
どういうことなんですか
僕にはわかりません)

私は自分がまた
野暮なこと
言ってしまったような気がして
思わず口をつぐむ

かっこいいのはあなたで
かっこわるいのは私
いつもいつも

私の左肩にとまっている
意地悪な鳥

その鳥が私を責めるのです

「なあ、お前は本当に卑しいやつだな」
「おい、思い上がるのもいい加減にしろよ」

前に読んだ
認知行動療法の本に
書いてあったのです
止まない自己批判は
口うるさい鳥を
肩に乗せているのと同じだと

(それは面白い例えですね
本にはその鳥をどうしろと
書いてありましたか)

右肩に弁護士を乗せろと
あったような気がします
でも私は
その鳥
焼いて食べてしまいたい

ああ!

あなたがもし私のクラスメイトだったなら
私はあなたを「先輩」と呼び
みじかい休み時間ごとに購買へ走り
クリームパン
買ってきてしまうでしょうね
私の先輩のために

(僕は自分のパンは自分で買います)

そう!
そういうところが先輩らしくて
私はいちいちシビれてしまう

(他の生徒もみんな
自分のパン
自分で買ってるじゃないですか
昼休みの購買前
立ってたらシビれまくりですよきっと)

ちがうちがうそうじゃなくて

甘いあまい
クリームパンみたいに
とろけてしまうような言葉を
さりげなく会話に挟み込み
相手を狼狽させる
二人だけのゲーム

それはただの悪趣味な遊戯で
嘘だって全然よくて

......

あさ6時から
アルバイトがあるのに
気がつけばもう5時15分で

寝るな!
寝たら死ぬぞ!(社会的に)

切りぎわ私が
勝ったとか負けたとか言うので

(どうしてあなたはそんなに
土俵に上がりたがるのですか)と
あなたが聞く

私はあなたと
相撲を取りたいわけじゃなくて
ただあなたの
そばに
行きたいのです

なんて
相撲部屋が舞台の
ボーイズラブ漫画みたいな
ださい台詞を吐いちゃって
そういうものが存在するかは知らないけど

受話器越しのデスマッチに
もはや息も絶え絶え
疲弊しきって
最後の力を振り絞り

「あなたを忘れない瞬間はありません」

と言い切ったら

それは「忘れる」の二重否定だった

参りました、と一礼
心地よい敗北感と
睡眠不足を目の下にたくわえ

表へ出ると

朝帰りしたときみたいに
太陽が眩しくて
昨夜あんなにぐすぐす
泣いていたくせに
本当に私は

ぬるま湯のアサリのように
口唇の端をゆるませ
バイト先のコンビニエンスストアへ
あるく
私のかかとからは
明るい色した八分音符が
ポロンポロン
こぼれているのでした









2018年10月6日

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