ビキニ

ビキニ
荒木田慧の詩集 生活の詩より
僕は裸に自信がない、
と男は言った
胸とお腹に自信がない、と

私だって胸とお腹に自信なんかない、
と笑って
私は男をプールに誘った


近所のファッションセンターで
定価の9割引以下で買った
私の可愛いビキニは
アクロスザユニバースな柄をしていて

ほとんど誰の手にも
取られなかったのであろう
オカルト趣味なそれを
私は気に入って買った

ゆんゆんビキニ

ほかの誰ともかぶらなそうだが
もし
浜辺やプールサイドで
同じビキニを着た女を見たら
私は彼女に駆け寄って
なにも言わずに右手を差し出し
目を見て歯を見せ
握手するだろう
そのあとふたり砂にしゃがんで
しばらく話すかもしれない
私たちを引き合わせた
宇宙の大いなる意志について
(私にはそのとき私たちの手の中にあるだろう
コーラの瓶のかく汗まで見える)

その小さな上下の布切れに
25kg肥って10kg落としただけの私は
私でさえ持て余しているこの肉体を
むりやり委ねる

まるでミシュランマンだよ、
と私が言ったら
プールに行くのとはまた別の男は
いや、きっとマシュマロマンくらいだと思いますよ、
と答えた

会ったこともない男のその言い方を
私は好きだと思った


午前10時
プール前集合

Tシャツやパレオや
ショートパンツや
ラッシュガードやなんかで
私は私を隠したりしない

ロッカールームで
眼鏡を外してしまえば
きっとなんにも見えないのだし
私にさえ見えない私が
ほかの誰に見えるというのだろう

(どうせ誰も私なんか見てない
太陽だって)

かくしてマシュマロマン1号は
7月にひかるプールに躍り出た

しばらくして男子更衣室から
マシュマロマン2号がやって来た

夏休みが始まったばかりの
市営のプールには
気合いの入った小学生と
水泳部らしき男子中学生と
小さいのを連れたお父さんお母さんが
ちらほら
いるだけで

私たちはすこし
拍子抜けしてしまった

小学生でも中学生でも
お父さんでもお母さんでもない
少々大きすぎる
私たちふたりは
流れるプールを流れ
50mプールを横断し
ウォータースライダーをすべった
低いのも
高いのも

低いほうは
退屈な折檻で
高いほうは
健やかな自殺みたいだった

ふたりのマシュマロマンは
胸も腹のことも
忘れたふりをして
泳いだ
泳いだ
泳いだ

目の前を
まるい頰をした母親が
彼女のミニチュアのような
まるい頰をした女の子を抱いて
流れて行った

金色のビーチボールを
頑なに胸に抱えた
アコヤガイみたいな老人も
流れて行った

日に灼けた小学生男子ふたりが
運命に逆らおうと果敢に
流れて行った

みんなめいめいに
でも同じ方向に
流れていた


裸になりたくない、という人がいてもいいですよね、
と男が言った

いいと思うよ、

心許ない宇宙から
今にもハミ出しそうな私は
尻の食い込みを気にしているのを
男に気付かれないようにと
無駄にきっぱりとした声で
答えた









2018年7月28日

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