東京の人

高田馬場の
BIGBOX前で
信号待ちをしているとき
お姉さんか誰かが後ろから私に
リュックが開いていますよ
と言った
その鷹揚な響き
都営大江戸線の
処刑台へ向かうような
沈鬱なエスカレーターの列で
後ろのOLさんが私の耳に
ストッキング伝線してますよ
と告げた
その密やかな囁き
山手線かどこかの
混み合った電車の中で
中国人の小父さんに駅を教えたとき
俺が降りたらお前がここに座れよ
と表した
その率直な手振り
それらを私は
優しいと思った
もしも私なら
ふーん ああそう
という感じで
何も言ったり
しないと思う
いつかの昼下がり
電車のシートに一人で座り
餡パンか何かを食べていたとき
車両が駅に滑り込み
ドアが開き
お爺さんかお婆さんが乗ってきて
ドアは閉まり
電車はゆっくりと走り出し
席を譲りたいと思ったが
食べかけのパンをしまいそびれ
私は次に止まった駅でふと
電車を降りてしまった
人は優しいし
東京の人は優しいから
私は明日も
リュックのファスナーを開け
ストッキングを伝線させ
尋ねられたら
駅の名前くらい答えるだろう
そしてまた
電車のシートでパンを食べ
どこかの駅でふと
降りてしまうかもしれない
2018年4月21日
生活の詩より