イエス, アイムカミング(5)

イエス, アイムカミング(5)
荒木田慧の詩集 「エッセイ」より
「入んなさあい、入んなさあい」

夕暮れ前、午後4時になるとがらがら玄関の引き戸が開いて、年老いた女が表へ呼びかける。通りで待っていた数人の子供たちは、それを合図にぞろぞろ家へ入っていく。

年の暮れに間借りした地下室の上には高齢の姉弟が住んでいて、そろばん教室をやっていた。先生は姉のほうで、私の友人である弟のTは空き缶拾いで小銭を稼いでいた。

地下室へ続くドアには張り紙があって、筆で「まほろば」と書き付けてあった。古事記の言葉で「理想郷」や「ユートピア」という意味らしい。ここをアトリエにしていたという、Tの数年前に死んだ従兄弟が書いた文字だ。彼は古事記を研究していたそうだが、Tと私は乞食を研究していた。

「イクオちゃん、イクオちゃん」とTは従兄弟について話した。だから私もいつの間にか、見知らぬその人をイクオちゃんと呼ぶようになった。死んだイクオちゃんはデザイナーで画家だったらしい。事務机やイーゼルや資料集、キャンバスや絵の具、手書きのノート。地下室はイクオちゃんの遺品で溢れていた。ときどき鳴るので気味が悪くて、電話機のコードは引き抜いてしまった。

しばらく暮らすと換気扇の隙間からねずみが入るようになった。食べ物はほとんど置いていなかったが、プロテインの袋にもファンデーションのチューブにも穴が開いた。夜中に枕元をタッと駆けたりするので、コロナよりペストになりそうだと笑った。文化通りのマツキヨで粘着シートを買ってきて、あっという間に7匹だか捕まえた。

私がこの家の地下室で暮らしていることは、近所の親戚には内緒だった。道に出るときにはドアを細く開けて周囲を伺った。政治犯にでもなったような気がした。

Tのバイブルはマルクスの「資本論」で、写経のように一字一句ノートに写しては、地下室までやってきてコピーを私によこした。地道なオルグが成功することはついになかったが、Tの書く文字のひたむきさが私は好きだった。

あんまり愛しそうにいつもその本を抱いているから、まさかあなたそれでマスでも掻いているのではないでしょうね、と悪趣味な冗談を言ってみたことがあったが、本人はああそう言ってもいいかもしれないなあと笑って、まんざらでもなさそうだった。Tはそのバイブルを、まだ読み終えたことがないと言っていた。この友人のそういう不器用さが私は好きだった。

その頃の私にはどんなバイブルよりも、仕事で使うバイブのほうがずっと身近だった。

「入んなさあい、入んなさあい」

天井からパチパチとそろばんの弾ける音が聞こえてくると、私は居づらくなって仕事へ出かけた。仕事には行きたくなかったが生きなければならず、生きていれば金が要った。仕事場へ行けばその性質上、イかなければならなかった。本当はイきたくも生きたくもなかった。

雑居ビル内のチャットルームで、「私」は38歳の人妻であり、外資系勤務の夫は海外赴任が長く、「私」は肉体を持て余していた。

モニターの向こうにはいろんな男がいた。若いのも老人も、日本人も外人も、貧乏そうなのも金持ちもいた。ファンタジーを遊ぶ人もいれば、フィクションをノンフィクションにしたがる人もいた。

私の姿態、発する声や言葉はすべて、事務所にいる管理者によってモニタリングされていた。待機中に下着を見せすぎだとか、男をそそる誘い文句だとか、客の付きが悪ければチャットで助言が飛んできた。

甘く饐えた匂いのするその部屋で、知らない男の性器よりも、画面にうつる自分の顔を見るのが私はいやだった。客といるときの顔よりも、休憩中にひとり気の抜けた自分の顔を見るのがいやだった。

人妻は数年前にやめた。夫などおらず、外資系勤務の夫などおらず、肉体はおろか自分を持て余している。

わかりやすい嘘をついていないとき、私は余計に醜かった。わいせつで卑猥でおぞましかった。わいせつな自分の顔を見ている私、その卑猥な姿を、いま事務所のモニター越しに誰かがきっと見ている。そう思うとおぞましくてゾッとした。


? ビッグ・ブラザーはいつも見ている ?


自動車修理工場のオヤジの気をひくために、わざわざメールで「グレート・ギャツビー」の話など持ち出したりしてみたが、結局その男は私の客にはならなかった。


? 工場の近くに立つメガネの看板 ?


ある医者の男は、事後にたばこをふかしながら喋るのが好きだった。自殺未遂で運び込まれた若い女を治療したが、そのすぐ後に飛び降りで死んだとぼやいた。

外人が相手のときは下手くそな英語で応戦した。


(おーいえす、おーいえす、
いえす、いえす、あいむかみんぐ......)


わいせつだろうが卑猥だろうがおぞましかろうがいいじゃないか。生きていればそれでいいじゃないか。みっともなくて、だらしなくて、かっこ悪くて痛くて滑稽で、それでいいじゃないか。生きるのに言い訳なんか必要ないじゃないか。


(いえす、いえす、あいむかみんぐ......‼︎)


でも今この瞬間、事務所でビッグ・ブラザーは忍び笑いをもらしているのではないだろうか。



我に返らずにさえいられれば勝ちなのに、いつも負けてしまった。

裏口から雑居ビルを出たあと、負けて手に入れた金の暖かさで自分を慰めながら、暗い道を歩いてまほろばを目指した。








2022年1月31日

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