イエス,アイムカミング(3)

イエス,アイムカミング(3)
荒木田慧の詩集 エッセイより
(続き)



ホームレスのI老人は折り畳み式の携帯電話を持っていて、私によくショートメールをくれた。

「おにぎりを1個貰った。食べ放題でも食べきれない。助けて~!」

新宿西口の彼らは想像以上に豊かである。少なくとも、それほど飢えてはいない。公園での炊き出しの他にも、宗教や政治がらみの慈善団体や学生団体が訪ねてきては、弁当や飲み物を配っているようだった。歌舞伎町のホストたちが缶チューハイを配っていたこともあった。通りすがりの誰かが牛丼やおにぎりなどをくれることも結構あった。

食べ物のストックが増えすぎて彼らの需要を上回ると、「取りにおいで」とIから連絡が来る。私は彼らからたびたび食べ物を貰った。焼き鯖弁当や牛丼、都庁前公園の炊き出しで河野防衛大臣から手渡されたという大量のチョコバーを、箱ごと貰ったこともある。

「太田胃散を服用して食べ物を一所懸命に食べてます。食べ切れずに棄てることになりそう。モッタイナイ!?」

人通りの多い夜、彼らの段ボールの上にお邪魔していると、通りがかりの男性がおずおずと大きな白い袋を差し出してきた。
「すみません、よかったらこれ食べてもらえませんか」
男性はその日、仲間たちと船で釣りに出かけたらしい。みんなで食べるためにお茶の大きなペットボトルとたくさんのおにぎりを用意しておいたのだが、誰も食べないまま余ってしまったのだという。その処分を任された男性は、賞味期限の迫るたくさんのおにぎりを抱え、確かに困っていた。
「大物が釣れましたか?」
Iがにこやかに聞く。
「いえ、釣れませんでした」
と男性は笑う。きっと食べることを忘れてしまうくらい、仲間と楽しかったのだろう。もちろん「ありがとう」と喜んで袋を受け取った。「助かりました」と男性が立ち去ったあと、船の上で食べられるはずだったおにぎりを、私は仲間と段ボールの上で食べた。


私が初めて彼らと接点をもったのは1年前のことだった。12月の白っぽい空の下、新宿西口の小田急百貨店の前あたりで、段ボールに座っている白髪頭の男がいた。肌は日にやけて赤黒かった。私は行きかう人々の流れを抜け、男の前の椀に身をかがめた。私の小銭入れにはあいにく5円玉や10円玉しかなかった。「少ないんだけど」とコインが椀に軽い音を響かせると、男はひゃっひゃっと高い声で笑った。私は店に入って100円玉をつくったあとで、男のところへ戻った。男は北の訛りがつよく、そうでなくとも言葉をうまく話せないようだった。男は自分の横に段ボールを敷き、私に座れと言った。私はしばらく彼の隣に並んで座った。見慣れたはずの新宿西口が、地面からでは違って見えた。行きかう人々の足はみんな急いでいた。向かいの花屋の店先にはポインセチアやクリスマスリースが並んでいた。そうして彼らとの交流が始まった。

はじめのうち私は、彼らは貧しく腹を減らしているものと思い込んでいた。初めて話した白髪頭の男の名はSといった。2度目に会ったときだったか、Sは私にラーメンを奢ってやると言って、コートのポケットに小銭をじゃらつかせながら西武新宿駅近くのラーメン屋まで私を案内した。Sが金を出し、私が食券を買った。その店のカウンターで、私たちは博多ラーメンを食べた。冷たい雨が降りだす前の空みたいな色をしていた。備え付けの紅ショウガを、私は自分の丼とSの丼に浮かべた。ラーメンは熱く美味かった。腹を減らしているのは私のほうだった。Sはチェーンの喫茶店でコーヒーをご馳走してくれることもあった。唐突に私の手のひらに数百円を握らせてくれることさえあった。貧しいのも私のほうだった。

お茶やおにぎりなどの差し入れを持っていくと、彼らはそれなりに喜んで受け取ってくれた。しかし彼らが最も喜ぶのは、私が彼らに何かをあげるときよりも、私が彼らから何かをもらうときだということに、あるとき私は気づいた。ボランティアの人たちはホームレスにおにぎりをあげることはあっても、ホームレスからおにぎりをもらうことはきっとないのだろう。彼らは与えられることにお腹いっぱいだった。誰かに何かを与えることのほうに飢えているようだった。

目つきの鋭い50男のMは、あるご婦人が握ったという大きなおにぎりを惜しげもなく「食べろ食べろ」と私にくれた。美味い美味いとほおばる私をMは横からじっと見つめながら、「このおばさんのおにぎりはうめえんだ」と口元をほころばせた。冷え込みを増す夜の駅前で、遠くの商業ビルの明かりみたいに彼の目は光っていた。



(続く)










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