ディジー・ダンス

ディジー・ダンス
荒木田慧の詩集 生活の詩より
褐色の厚いフランネルを除けると「雪国」があった。

文庫本を手に取り、冷蔵庫の横、衣装ケースの上に置く。
この人が川端康成なんか読むとは思わなかった。
私だって読んだことないけど。

母親になるつもりがないなら男の不在中に部屋なんか掃除するべきじゃないとよくわかっていて、恋人にさえなりたくないからこれでいいのだと思った。

部屋は冬の落葉樹林に似ている。

衣服は幾重にも床に落ち重なり
いたるところハンガーの霜柱
ペットボトルはベッドの角に群生
リスが隠したお守りの木の実は
もはや埃まみれだった
(彼のガクギョウはジョウジュするだろうか)

錠剤のシートが束で入っている
健常者面した白いビニール袋は
絶対、見失わないように
暗く目を閉じたテレビの前へ

服をひとひらずつつまみ上げ
押し花のように分類していく

男というものはいったい
平均して何本のズボンを所有しているのだろう

脚が女よりたくさん
生えているのかもしれない
女には見えない
羨ましく強い脚が!

Tシャツやスウェットの
襟元のタグに
どこかの国の奴隷たちからの
ダイイングメッセージを追うが
資本家らの検閲により
それらは巧妙に墨塗りされていて
私にはもはやなんのことだか

たいていの男は
私よりおしゃれで
私より臆病なので
腹が立ってしまった

意気地なしどもめ!

洗濯機
1回じゃ回しきれない
彼の日常を揺らして
部屋を出る

歳のはなれた男のマンション

息子のダメージジーンズの
穴という穴を
いそいそと縫い閉じてしまう母親

そんなどうしようもない
ディスコミュニケーション
やるせない愛情の不調和
起こしやしないかと
落ち着かず

表へ出たところで結局
通りも嘘ばかりで
360°死ねと叫ぶ

360°、死ね!

360°好きとよく似ている

会う人会う人
キスしたって殴ったって
どっちも捕まるのが証拠

前を歩く老人のパイプ
死にかけの老人の
死にかけのパイプ
後ろにたなびく
その煙だけが
理想的に平らだった

煙、煙

あの人
私よりおしゃれで
私より勇敢なあの人を思う

あの人が小学生のころ
団地の窓から近所のガキをエアガンで撃ってただとか
実験、
捕まえたハトを
スナック菓子の大きな空き箱に入れて
膝に抱えて電車に乗って
数駅揺られたところで降りて
空に放したんだとか

陽に灼けたセロハン越し
虚無みたいなスコープを覗く
あの人の細い頸や
そこを伝い降りるぬるい汗や
引き金にかけられた神経質な指や
深緑の座席シートの宙で揺れる
寄る辺なく果敢な足首や
蛍光色のロゴのスポーツソックスや
膝の上、空き箱の中でばたつくハトの
羽音や底をタッタ弾む爪の強さや
チートスの残り滓の甘怠い匂いや
窓からの不安定な陽射しが
箱を抱える肘先から膝頭にかけてを
ななめに切り取り照らす温度や
胎動みたいな車両の震動
あの人の
諦めきったように薄くひかる
今しか見ない茶色の目
そういったものは簡単に思い出せる
隣にいたわけでもないのに

「ハトなんか簡単に捕まえられますよ。」

なんて
おもしろくないよね
笑ってくれないと誰か
一緒に何駅か
揺られてくれるような誰か
捕まえられたハト以外に

「取れる奴からはむしり取ってやったらいいんですよ。」

360°
取れない奴からも
むしり取ってやりたくて
学校まで彼を迎えに行く

現実感の希薄な
確かめたがりの彼は
むやみやたら
私に触れてくるので
私は自分が
まだ何のかたちもとらない
無思慮な粘土の
ただのかたまりであったことを思い出し
いつか私が何かになれたら
何千年も一人眠ったあとで
古墳から出土してくださいと
ただただ願い続ける
誰かに

肉は腐りかけがうまい
髪は伸ばしかけがかわいい
それなら私は
倒れかけが
きっと

さっきから
めまいが
するのは
たぶん
自分が
揺れて
いるから

(捕まえたハトが家に帰れるか実験、
結果は確かめようがない)









2018年12月20日

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