産(1)

産(1)
荒木田慧の詩集 エッセイより
(私の書くもの言うこと、私に書けるもの言えることは全て「私にはそのときそう見えた」ということだけです。私は自分の主観を離れることができません。だから、自分のものだけでなく、他の人の「私にはそのときそう見えた」にも大変興味があります。)

「みんなだれかのおかあさん」という詩は、神社とお寺で出会った2人の女性との対話から書きました。

1人目の女性は、小学1年生の女の子でした。
私が神社に座って絵を描いていたら、小学校1~5年生の女の子たちが5人くらいやってきて、すぐ傍で遊び始めました。遠巻きから眺めているだけでなかなか近づいてこなかったのですが、その中のいちばん小さな女の子がついに私のところへ歩いてきて、尋ねました。

「だれのおかあさんですか?」

私はその頃、結婚していたけれど子供はおらず、誰のお母さんでもありませんでした。私の友人の女性たちは、もうだいたい結婚して子供を産み育てていました。夫(離婚したので元)は子供を欲しがっていたので、妊娠出産の本を買ってみたりもしたけれど、私は子供を欲しいと思えませんでした。産みたいと思えなかった。私には精神障害があり、そのせいだけではありませんが、子供を産んで愛し育てる勇気がどうしても持てなかったのです。

「石女」という言葉は肉体的に不妊である女性を指すものだと思っているので、私は「石女」とは呼ばれないのかもしれません。「産まない」のと「産めない」のとでは大きな違いがあります。(「産まない」という選択肢がなかった頃の「産めない」女性たちのことを想いますが、そのあたりは後程)私には、肉体的に産めるのかどうか試す勇気もありませんでした。

そんなことを思っているときだったので、彼女の
「だれのおかあさんですか?」
という言葉に私は少々面食らいました。それと同時に、
「ああ、小さな子供には、大人の女の人というものは、みんな誰かのお母さんに見えるのかもしれない」
と、子供のもつ母親というものへの愛の深さに、私は心を動かされました。私は彼女たちと一日、絵を描き話し笑いました。

2人目の女性は、年老いたおばあさんでした。
別の日、寺の前の彫刻を描いていたら、重たそうな袋をさげたおばあさんがやってきて、近くのお地蔵さまに造花とお水をあげていました。5体のお地蔵さまが並んでいて、立派な屋根がついていました。

おばあさんは、このお地蔵さまたちが、ふるさとの家族にみえるのだと話してくれました。お母さん、お父さん、兄弟、いちばん下が私。だから雨が降ってお地蔵さまが濡れていると可哀そうで、雨が上がるとやってきて、お地蔵さまの顔や体についた水滴を拭ってやっていたのだそうです。おばあさんのその姿をいつも見ていた大工さんが、無償で立派な屋根を建ててくれたのだと嬉しそうに教えてくれました。お寺の方も大変喜んだそうです。

私は、おばあさんがお地蔵さまにふるさとの家族の姿を重ねたように、その大工さんもおばあさんに、大工さんのふるさとのお母さんの面影を重ねたのではないか、と想像しました。おばあさんと大工さんの優しさの連鎖を思うと、胸にあたたかいものが拡がりました。優しさの根底には、自分を生んだ母への愛があるのではないかと想像しました。

子供を産まない女性、母親にならない女性はたくさんいますが、母親から生まれたことのない人間は、たぶんこの地球上にひとりもいない。

「みんなだれかのおかあさん」というこの詩は、「母として子を生むこと」ではなく「子として母に生まれたこと」について描きたかったのです。でも私の表現力がないせいで、不快な気持ちになった方もいらっしゃったかもしれません。申し訳ありません。精進します。

そしてまた、こうも思いました。目の前にいる女性が子供を産んでいようがいまいが、彼女のなかの「女性」というものに、自分の母の姿を重ねたり、自分の母の面影を見たりすることは、あるのかもしれない。それなら私は、産んでいようがいまいが、きっと誰かのお母さんになれる。

(続く)









2018年11月9日

他のエッセイ