点滅する恋人(Ⅰ)

点滅する恋人(Ⅰ)
荒木田慧の詩集 恋愛の詩より
「感情は記憶することができない。」
と男は言った。

春日部のデニーズで、喫煙席の外は夜だった。

「何か見て、綺麗だなと感じる。次にまた同じものを見ても、綺麗だな、とやっぱり感じるだろ。感情は、記憶できないんだ。」

私は肉の乗った大きなサラダを、男はソースのたっぷりかかったハンバーグを食べていた。

「へえ、面白い。」
意味を捉まえようと脳の一部を働かせながら適当な相槌を打つ私に、男は別でとったカキフライを一つ分けてくれた。

男と私は互いの近況を知らせあった。男は主に絵の話を、私は詩の話をした。

半年前に詩を書くようになってから新しい友人が沢山できたが、群れたり人と馴れ合うのは嫌なのだと私は言った。
「詩を書くようなやつらは馴れ合おうとしたって馴れ合えないだろ。」
男は笑った。

少し前、別の男も私に同じことを言ったのだった。
(馴れ合えるはずがない、そう構えるなよ。)
今目の前にいる男は私の8つ上だが、その別の男は8つ下で、彼らはたまたま同じ名前だった。

「“私はひとりにならなきゃいけない。”」
と男が言った。
私は最近なまいきに読み始めた分厚い哲学書を鞄から取り出し、もどかしい指でページをめくった。
「孤独にならなくていいんだってさ。孤独性じゃなくて単独性、ロンリネスじゃなくてアローンネスなんだって、クリシュナムルティは言ってる。」
男は苦笑するように言い足した。
「シンディ・ローパーだよ。“I should be alone.” 俺が教えたミュージックビデオの最初でシンディ・ローパーがそう言ってるって、お前が前に言ったんだろ。」
「あれ、そうだっけ。」
そういえばそんなことを書いて送ったような気がする。
(感情どころか自分の放した言葉さえ、私は記憶することができない。)
興奮気味に私は続けた。
「ひとりになることと孤独になることは違うんだ。“I should be lonely.”じゃない、シンディの言う通り“I should be alone.”なんだよ。」

男と会うのは3回目で、男に子供が3人いることを私はその夜初めて知った。私たちを結びつけるのは数字やデータよりも、線や形や言葉のほうだった。

感情は記憶することができない。
I should be alone.
私は ひとりに ならなきゃ いけない。

男は店を出る際、ペン画のコピーを私にくれた。台座の上にしゃがむ、一頭のガーゴイルの絵だった。


(つづく)









2018年10月26日

追記:後でシンディローパーのMVを見直してみたら、“I should be alone”と言っているのだと思い込んでいたセリフは“I shall be alone”の間違いでした、多分。だとすると上の話は少しずれるんですが、事実というのは個人の認識でしかないようにも思うので、まあいっか。

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