駅
荒木田慧の詩集 生活の詩より
すこし寝て起きたら夕方で秋だった

同居人は遠くへ行ってしまっていて
変な時間に食べた醤油野菜ラーメンは
まだ胃の中で未消化で

粘土人形みたいにむっくりと
重たい身体を起こす

枕元のさめきったコーヒーのカップには
Espoir
とあるが
それは私に”希望”よりも
賭博漫画の主人公が乗り込んだ
ギャンブル船を思い出させる

洗濯機の中で寝ていた装備たちを
どういうつもりだと叩き起こし
ネイビーの風に冷まして

同居人の飼い猫にえさを与える
留守番の私に残されたメモには

タマ
サチ
クリ
チビ
ケイ
<ノラ>
水/缶詰/レトルト/カリカリ

&



とあり

愛、愛、愛?

愛がなんだかわからない私は
缶詰を開けたきり途方に暮れてしまい
部屋に一人でいる気にもなれず
帰宅者でにぎわっているはずの
駅前へと自転車を漕いだ

やるべきことも
読むべき本も
聴くべき音楽も
観るべき映画も
おそろしく山積みだが

やりたいことも
読みたい本も
聴きたい音楽も
観たい映画も
ない

会いたい人は

会いたい人は
いて

でも彼は
近くにおらず

話したいのは
知らない人だから
駅前のスーパーに自転車を停めて
ロータリーの
喫煙所
駅舎を背もたれにして
座り
煙草を巻く

待つ人と来る人
行く人と帰る人はセットで
単品の私は
電車の通過音のおまけ

この街の心音が
ガタンゴトンいって

つまんない街でも
ああ生きてるんだなあって

つまんない私でも
生きてていいのかもと
思えるかもしれないから
駅に来たのかしら
いや違うな考えすぎ

トロピカルなけむりを吐く
南国の機関車みたいに
ろくに動かない私の横に
気づかない間に現れた
めがねの女の人

彼女が見せて来た新聞は
某新興宗教ので
この前駅前で詩を読んだとき
もらったのと同じやつだった

この前私はそれを読みもせず
見物人の尻に敷かせてしまったので
後ろめたくて
思わず

「大丈夫です」

なんて言ってしまって
そしたら彼女がキョトンとした顔で

「何が大丈夫なんですか?」

と聞くから

ホント
何が大丈夫なんだろう

何にもちっとも大丈夫じゃない

おかしくなって
テキトーな言葉で
ごまかしちゃいけなかったなと
しばらく話した

私の目にみえるこの世界は
彼女の位置からは
どうみえるのだろう

彼女は座っている私の横で
彼女の信じている新聞を
丁寧に読んで聞かせてくれた

私は世の中のこと
ほとんど何にも知らないから
それなりにふんふんと聞いた

自然災害も凶悪犯罪も家庭崩壊も
国家存亡の危機も
信じれば救われるのだと

それらの何がいけないのか
私はわからなくて

神はだめで仏じゃないとって
何が違うのかわからなくて

死後硬直がやわらかくなるんですって
奥様
鶏胸肉がやわらかくなる方法のほうが
私にはきっと役に立つ
私の硬い死肉はイヌにでも食わせてどうぞ
夫婦喧嘩は食べないイヌに

わるい人が多いと彼女はいうが
私はそんな人に
あんまり会ったことがないのだけど

人を絶望視している
彼女のほうが
きっと希望を持っていて

彼女より希望視している私のほうが
なんかガッカリしているのは
一体どういうわけなんだろう

苦しんでる人が多いように
あなたには見えるから
それがあなたは苦しいのだね
優しい

どうして人間は
幸せにならなきゃ
いけないのでしょうね

私しか信じない私は
いまとても満たされていて
すこしも変わりたくないのです

だからどうか私をこのまま
動かさずにおいてください
私には何も問題がない

そうですかさようなら
でも覚えておいてください

教えてくれてありがとう
私に声をかけてくれた
あなたのこと忘れません

ああ
信じるものがある人はきれいだ

頑なな13歳みたいに
清潔なくちびるをむすんでいる

いちばんあかるいところで
彼女たちの演説がはじまる

私の詩の朗読とおなじだ

信じる
ものを
駅前で
叫ぶ!

でもちょっと敵わない

若い仕事帰りのサラリーマンに
外国の女の子がナンパされている

顔に油性マジック(太)で
「性欲」
と書いてある彼は
駅前をうろうろ
私は顔に花文字で
「歓迎」
と貼り付けて
何時間も喫煙所にいるのに
私に声をかけるのは
仏だけ

神も仏もいらない
私にどうか男を

需要と供給の不均衡
神も仏もいない

コワイコワイ、と
男から逃げる女の子にすかさず
大丈夫ですかと宗教の勧誘

大丈夫な人もいない

食うか食われるかの
ナチュラルな地獄絵図

私は美しいそれをスケッチして
待つ
待つ
待つ


いくら待ってもたぶん
乗りたい電車はこないし
改札から
会いたい人は出てこない

私はどこにも行けない
ぜったい






それすらまるきり
信じられない私は
明らかに地獄に落ちるべきで

残された時間は少ないのだと
彼女たちは言った









2018年9月14日

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