夕立

夕立
荒木田慧の詩集 心の詩より
書かなきゃと
思ったら
ぜんぜん書けなくなったので
ペンとノートと財布をもって
夕方
ケンタッキーフライドチキンへ行った

歩いて行けるところにある
たぶんほとんど唯一の
ゆっくりなにかできる場所

夕立が来そうだったから
白いビニール傘もって

客、ほかに誰もいなくて
腹なんか空いてないのに
チキン2個とポテトのセット
勢いで頼んじゃって
もう全然、うまくない

席についたらすぐ
大粒の雨がふりはじめて
なんかズルしたような
気持ちになった

(打たれなきゃいけなかったのに)


中学2年か3年の夏休みの
最後のほう
同じ吹奏楽部の
フルートパートの
ピッコロの上手な女の子と
ふたりでここに来て
同じような席に
たしか長いこと居座って
夏休みの宿題のワークブックに
解答の冊子から
ズルして
答えを丸写しした

小学生のときは
夏休みがはじまる前に
宿題ぜんぶ終わらせて
夏休み、遊びまくる
そういうタイプの子供だったけど

中学生になったら
いつのまにか
夏休みの宿題なんか
とっくに私の手に負えなくなってた


私のあとから
ブラジル人ぽい
若い夫婦が
小さな赤ちゃんを連れて入って来て
すこし離れた
ななめ向かいの
席に座った

愛がうちがわから
はじけそうな赤ちゃんと
その子をうんだ
豊穣の象徴みたいな母親と
その子を抱く
美しい動物みたいな父親

(ああ
好きな男の子供をうみたいと
思えるような女ならよかったな)

キャッキャと声をあげる赤ちゃんと
それを優しくたしなめながら
こちらの様子を伺う
黒豹みたいな父親に
私は
うるさくなんかないですよ、と
顔に書いてみせた

ペプシコーラのLサイズ
追加注文しても
詩なんかほとんど書けなくて

品のある獣みたいな父親が
私の目の前にあるゴミ箱に
3人分のトレイを下げに来て
バスケットやら
氷の残ったペーパーカップやらを
バタンバタンやりながら
目が合った私に
彼は
バイバイ、
と言った

さみしい、と思った

(ここに来なければ
この席に座らなければ
彼らに会わなければ
父親に
バイバイ、なんて
言われなければ
そんなこと
思わずに済んだのかもしれない)

一緒に宿題を写したあの子
ピッコロの上手かったあの子は
もうとっくにお母さんで
何人もの子供たちのお母さんで
私はまだ
この店に座っている
ひとりで
夏休みの宿題
写し終わらなくて
答えなんて
どこにもなくて

白い格子に区切られた
大きな窓の外では
夕立はもう
ほとんどやんでいて
やっぱり私は
ズルをしたような気がして

(打たれなきゃいけなかったのに)

ぽつぽつとしか
もう落ちて来ない雨に
それでも傘をさしてしまう
覚悟のない私は

誰といてもさみしくなるなら
ずっとひとりでいようと思った









2018年8月6日

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