言ってはいけない!

言ってはいけない!
荒木田慧の詩集 社会の詩より
わたしが中学生のころ
父が新しい女を連れてきたとき
肌の色がわたしたちより濃いその女を
おばあちゃんは
「土人」
と呼んだ

わたしは
それは差別用語で
そんなこと
言ってはいけないんじゃないのかな、
と思った
思ったけど黙っていた

しばらくたって子供がうまれて
その子が大きくなったある日

部屋には父とその子と
わたしとおばあちゃんがいた

おばあちゃんが
チョコレートの箱を出してきて
ふたを開けて
わたしたちに差し出した

わたしは真っ先に手を伸ばして
チョコレートをひとつとって食べた

わたしはチョコレートが
大好きだったから

でも父のとなりの
その小さな女の子は
まずひとつ
チョコレートをえらんで
それを父にあげて
それから自分のぶんをえらんで
ひとつとって食べた
(それかふたつえらんで
そのうちのひとつを先に
父にあげたのだったか)

それを見ていたおばあちゃんは
「土人の子は親想いでやさしい」
と言った

わたしはわたしが
恥ずかしいことを
してしまったような気がした

わたしはそのとき
「土人」
という言葉は
ひとを蔑むときだけではなく
褒めるときにもつかうのだと認識した


何年か前に
みんなの前で誰かを
「土人」
と言ったひとがいて
テレビにうつる多くのひとが
そのひとの言葉に怒っていた

そのときわたしは
おばあちゃんと
おばあちゃんのくれたチョコレートを
思い出した


メディアではいつも誰かが
誰かの言葉に怒っていて

誰かの口から飛び出した
正直な言葉の
おもてに浮かんだ
うわっつらだけをとらえて
そのひとがほんとうは
何を言いたかったのか
何を思っているのか
かんがえたり
よくよく聞き返しもせずに

ただただ

そんなこと言うなんて!と
いーけないんだ、いけないんだ、と
正直者のそのひとを
みんなで囲んで指差して
ぐるぐる回ってたのしそうに
ぷんぷん怒っているようで

わたしには
真ん中にひとり
立ち尽くしているそのひとより
回りを取り囲んでわらうひとたちのほうが
ずっとずっと
こわい顔をしているようにみえる


誰かの上にこわいものをみている
自分のこの目が虚しいわたしは

テレビをけして上に花をかざって
ラジオもけして書きかけのラブレターの重しにして
新聞を千切って汚れた窓を拭いて

縁側に寝っころがって目を閉じて
昼間っから惰眠でも貪ることにします









2018年7月25日

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