タマなんてどこにもいない

タマなんてどこにもいない
荒木田慧の詩集 生活の詩より



タマがいないタマがいないと
寝起きから叔父さんが騒ぎ
探して来いと言うので
私はタマなんて
どこへ行こうが構わないのだが
白とキャラメルのぶちの
タマ
叔父さんが数日留守にすると
すぐにどこかへ行ってしまう
その気まぐれな
若い雌猫をさがしに
この夏いちばん暑くなる予報の
まだ薄い青の下へ出た

私はいちばん暑い日に
外を歩かずにいられない

6年前の28の夏
スクリーントーンが欲しくて
店まで3時間歩いた
その日もたしか
38か9度だったなと

きょう
耳元ではギルバート・オサリバンが
なんやかんやと歌い続けていて
つい最近会った
精神病の男が教えてくれた
彼のその歌声を
私はけっこう好きだと思った

田んぼを過ぎ
商業高校を過ぎ
小学校を過ぎ
中学校を過ぎ
遊園地まで行っても
タマなんかいなくて
どこまで行っても
私しかいなくて

ていうかそもそも
私はちっとも
タマなんて探してなかった

中学から高校にかけて
大好きだった
大人になってからも
しょっちゅう夢に出てきた男の子の
実家の近くの
セブンイレブンに寄って
持ってきた500円玉で
ミックスサンドと麦茶を買って
店の前にしゃがんで食べた

陸上部で背が高くて
陸上部なのに色が白くて

母と姉と弟と4人で
父を置いて逃げた先のアパートの
近所に越してきた
かっこいい男の子

高校のとき一度だけ
その子の家に押しかけたとき
彼はすこしはにかみながら
彼の絵を見せてくれた

私は彼が絵を描いてるなんて
全然知らなかったし
同じ中学の誰も
彼があんなに絵がうまいなんて
知らなかったんじゃないかな

麦わら帽子の女の子が笑ってる
鉛筆の絵だった

彼はいまどこだろう

イヤホンを外したら
この夏最初の蝉が鳴き始めていた

タマなんてやっぱりどこにもいない









2018年7月15日

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