スペル

スペル
荒木田慧の詩集 エッセイより


12年くらい前
インドのどこかの農村で
ムスリムの大家族と
3週間ほど暮らしたが
そこのうちのお父さんは
その村のシャーマンだった

ある日
わたしをカルカッタから
そこに連れてきた息子が
お父さんのまじないを
見せてくれると言った

床に3人
あぐらをかいて座り
背中に銀のトレイの底をつけ
そのなかに
レンガのブロックを入れた

シャーマンのお父さんは
その横で
3小節くらいの
みじかい呪文をとなえた
1小節の休拍を挟み
繰り返し繰り返し

すると
お父さんが呪文をとなえている間は
手を離しても
レンガの入った銀のトレイは
背中から落ちてこないのだった

わたしはその
エンシェントな響きのする
もの悲しげなメロディを
いまも覚えている

わたしはお父さんの
パワースポットを見せてもらった
それは木のしたの
石棺のようなもので
霊感のないわたしは
ただ へーって思った

村をはなれるとき
お父さんは
どこかから
銀のペンダントトップを用意してきて
そのなかに
なにかおまじないを入れ
黒の紐をつけて
わたしにくれた

息子は
それはお守りだから
一生身につけるように

そうわたしに
言った気がする

わたしはそのあと
カルカッタにもどり
インドに来てから
はじめて日本人とはなした

その日本人のおじさんは
わたしが知らないインド人青年に
ふらふらとついて行ったことについて

あなたが軽はずみにした行動で
日本人女性はちょろいと思われて
インド人男性のターゲットにされて
被害が出たらどうするのだ と

そういう意味のことを言った

実際
韓国人の女の子が
知らないインド人青年について行って
身ぐるみ剥がされて
井戸に捨てられたり

日本人の女の子が
性奴隷にされたりと

そういう事件も
あるみたいだった

わたしは
わたしのしたことが
恐ろしくなって

わたしのせいで
誰かがめちゃくちゃに
傷つけられる
そのきっかけをつくってしまったのなら
わたしには
どうやったって
償いようがないと思って

自分が憎く

それなりに信じていた
あの村のだれも
信じられなくなった

だから
村で撮った写真のフィルムも
見聞きしたことを記録した日記も
サダルストリートの安宿の
汚いプラスチックのゴミ箱に
全部全部
捨ててしまった

わたしは
お父さんのくれたペンダント
それをつけていると
どうしても村と
わたしの罪を
思い出してしまうので
それもどこかに
処分しなければならないと思った

でも
お父さんが
シャーマンのお父さんが
おまじないを込めたそのペンダントを
安宿の汚いゴミ箱に
捨てるのは忍びなく
街中の
どこかのベンチの下の
足元に
そっと転がしてきた


あれから

何年も経って

わたしの頭は

おかしくなって

わたしは

イスラムの
あのお父さんの

かみさまが

わたしに怒っているような
気がしてならない

わたしはいつか

サウジアラビアの
メッカに行って

イスラムのかみさまに

ごめんなさいって

謝らなくちゃならない

そうすれば

わたしの頭のおかしいのも
なおるかもしれない

そんな気がして

でもメッカに入るには
イスラム教徒にならないと
いけないみたい

どうしよう
こまった









2018年6月18日

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